社会の闇から飛んできた銃弾

その深層は思ったよりも根深く暗い――

男は、6畳1間の部屋で誰にも気づかれることなく凶器を作っていた。

それが火を噴く瞬間まで殺意に気付く者は誰一人いなかった。

偶然と必然が重なる――

「明日は奈良、それから京都へ。事前調査も厳しく」…。7月7日午後。岡山、神戸での遊説を終えた安倍晋三元総理は、自民党幹部らにこう伝えた。

翌8日は長野で応援演説する予定だったが、その2日前、長野選挙区の候補者のスキャンダルが報じられた。複数の側近代議士が「いま長野に入るのは得策ではない」と進言したことも予定変更に影響した。

同じ頃、自作の銃を携えた山上徹也(41)は、奈良市のワンルームマンションへの帰途についていた。岡山での街頭演説で安倍氏を狙おうとしたが、警備に阻まれた。その途上、スマートフォンを開くと「明日、安倍元総理が来県する」という地元自民党関係者のSNS投稿が目に入った。

社会の闇から飛んできた銃弾」への1件のフィードバック

  1. バタフライ・エフェクトという言葉がある。
    一匹の蝶が羽ばたいたそよ風が、やがて乱流を生み出し遠く離れた地で巨大な嵐を巻き起こす。

    安倍氏の暗殺事件は、まさにそれを思わせた。社会にほとんど忘れられるようにして地方都市で孤独に生きてきた一人の男。その男が手作りした銃弾が、戦後最長の政権を築いた最有力政治家の心臓を貫き日本社会の風景を永遠に変えてしまった。

    一面識もなかった両者を繋いだのは「統一教会」という誰もが予想だにしなかったファクターだった。

    山上は、犯行直前に書いた手紙の中で「安倍は本来の敵ではないのです。あくまでも現実世界で最も影響力のある統一教会シンパの一人に過ぎません」と記した。
    これまで、あらゆるメディアが山上の動機に、「母親が統一教会に巨額のカネを献金して家庭崩壊に追い込まれたから」と報じてきた。確かに、それが大きな理由のひとつであることに間違いはない。

    ’98年頃、統一教会に入信した山上の母親は、家財や土地を売ったカネ、親族の生命保険金などをかき集め、総額1億円近くを教団に納めたという。山上家が’02年に自己破産したのはすでに何度も報じられている。

    母親の入信当時、山上は、すでに高校生だった。
    「厳密に言えば『宗教二世』というのは『親と同じ信仰を継承している』というのが条件。特に統一教会には厳格な階層システムがあり、合同結婚式で結ばれたカップルの子どもだけが『原罪のない子』として別格扱いされ、山上容疑者の母親のような成人の入信者は徹底的に『資金源』にされた。

    山上容疑者自身は信者ではなく、幼い頃から教義に触れていた様子もないから、『宗教問題が動機のすべてだった』とは思えない。
    むしろ本質的なのは、山上の生育環境かもしれない。山上は3歳で父親を自殺によって亡くし、伯父に面倒をみてもらうことが多かった。一方で、母は宗教活動のために長い間家を空けることも多く、育児放棄に近い状態で育ったとう。

    さらに山上の兄は難病の小児がんを患っていた。兄の病気が、母親の宗教への傾倒を招いた可能性も高い。そして、その兄も’15年頃、やはり病を苦にして自殺している。
    困窮生活の中、相次いで家族が自死を遂げる。それでも母親は家庭を顧みず、宗教活動にのめり込んで、そのあまりに寂しく荒んだ家庭環境が山上の心象風景をかたちづくってきた。

    確実に処罰されることがわかっていて、破滅的な犯罪に走った裏には、深い心の傷があるように思われる。

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